よっ、江戸川屋!

katakoi20082009-11-15



月日の経つのは早いもので、もう11月も半ばとなってしまった。
秋に入り、少し肌寒くなった頃からインフルエンザに冒される学生がボチボチ出はじめ、ここ最近勤務校では連日インフルエンザの対応に追われている。学校行事も次々と中止になり、本当にてんてこ舞いの状態で、教職員・学生ともに相当に心的ストレスがたまっている。


と言うわけで、なかなかブログの更新ができない日々が続いたが、学園祭が中止になったのを機にもう一度気合いを入れ直して、少しずつ復活していこうと思う。(わたしは何をやるにも仕事が丁寧すぎて時間がかかりすぎてしまうんだな。そこを反省して、もっともっと訓練していきたい。)


今年はどういうわけか、江戸川乱歩に関するイベントが目白押しだ。前にこのブログでも結城座・糸操り人形のことを書いたが、先月24日(土)は、かねてから楽しみにしていた歌舞伎「京乱噂鉤爪」の公演日だった。演題は「きょうをみだすうわさのかぎづめ」と読む。原作は江戸川乱歩「人間豹」。原案は市川染五郎、演出は松本幸四郎である。


恥ずかしながら、わたしは歌舞伎の舞台を観るのは、これが初体験。当日は少し寝坊した上に首都高が渋滞していて、会場の国立劇場に到着したのは、開演ギリギリだった。
今回の舞台は現代物だけあって、初心者のわたしにもとてもわかりやすい内容だった。歌舞伎は歌と踊り、音楽とセリフ、役者と黒子、俳優と観客……などが、まさに回り舞台のようにクルクルと反転するところに特質があると感じた。


役者は舞台で役を演じながらも、ここぞという場面では観客に「成駒屋!」などと声をかけられる。観客から声がかかった時ももちろん舞台は続いているわけだから、役者は手を振ったり、ニッコリと微笑んだりするわけにはいかず、あくまで役を演じている登場人物のひとりである。しかし同時に、役者はその贔屓筋によって役を離れた役者というキャラで前面に押し出されることになる。
またさらに他の観客もこうした瞬間を内心待ち望んでもいるわけだから、声かけする贔屓筋はアドリブで役者を引き立てるサポーターでもある。


歌舞伎は、こうした習慣・伝統のなかで主客がパッパッと入れかわる装置として育まれてきたのだと思う。観客と舞台がつながった花道などは、そうした性質をよく象徴しているし、また最近では、ワイヤーを使った宙づりも行われ、役者が観客の上を華麗に飛んでいく。どこまでが舞台でどこからが観客席か、その境界が不分明なのがいい。
今回も「市川染五郎宙乗り相勤め申し候」ということで、人間豹・恩田乱学扮する市川染五郎が、わたしの目の前を実際にクルクルと回転しながら飛翔していった。


ましてや今回の原作は、江戸川乱歩。表と裏、上と下、男と女、正義と悪が騙し騙され、次々と入れかわる。さらには人間が人形を操り、人形が人間を操るというストーリー。歌舞伎の本質にぴったりの作品だと思った。
歌舞伎というのは、芸術性ということに関して言えば、内容的には決して高級な舞台ではないけれど、しかし大衆エンターテイメントとしてはかなり贅沢なものだと思う。また機会があれば、今度は時代物を観に行ってみたい。


乱歩つながりでもう一つ。先週の土曜日7日は、久しぶりにのんびりと横浜まで出かけ、神奈川近代文学館で行われていた「大乱歩展」を見学した。
展覧会自体はそれほど大がかりなものではなく、目玉と言えるような展示物もなかったけれど、それでも小さな発見はいくつかあってそれなりに勉強になった。思ったよりお客さんも入っていて、乱歩の人気が窺い知れた。


それにしても乱歩の収集癖と分類マニアぶりには、あらためて脱帽した。ストイックなまでの『貼雑年譜』は、圧巻である。まだ見たことない人は、『貼雑年譜』を紹介した本もだいぶ出版されているから一度覗いてみるといい。乱歩が何十年という歳月を費やしてアートポイエーシスしたコラージュである。


乱歩の偏執狂は映像という分野にも及んでいて、これなどはわたしには新鮮に感じられた。彼は写真劇(映画)にかなり関心を持っていて、自らもムービーカメラを片手にさまざまなものを録っていたようだ。場内では、乱歩が録ったという3分ぐらいの映像が流れていて、なかなか面白かった。
偶然か、ねらいか、分からないけれど、乱歩は自分の作品を映画化している撮影現場に行き、撮影の様子を自らのカメラで撮影するという手の込んだことをやっている。そしてその撮影している乱歩を別のカメラがまた撮影している。いかにも乱歩らしいフィルムがよくぞ残っていたものだ。


今回の展覧会では、ほかに岩田準一、橘小夢などの挿絵がよかった。乱歩作品では、こうした挿絵の雰囲気もかなり重要だ。ここらへん、いつか研究してみよう。
乱歩はどうやら「残虐への郷愁」みたいな感覚を持ち合わせていたようだ。場内には月岡芳年の残虐絵をのぞき込む乱歩の写真が飾られていて、興味深かった。


横浜を訪れたこの日は、偶然にも近くの外国人墓地が公開されていて、「大乱歩展」を見る前に少し寄り道をした。この外国人墓地に関しても、書きたいことがあるけれど、それはまた別の機会にしよう。


わたしは何より寄り道、道草を楽しむタイプなので、なかなか目的地までまっすぐに進めないのだが、最近は残された人生をできる限り遠回りして行こうと心に決めている。せわしない現代では、そこに価値を見出して付き合ってくれる人は少ないだろうけれど、まぁ心の赴くままに自分らしく生きていきたい。

貼雑年譜 (江戸川乱歩推理文庫)

貼雑年譜 (江戸川乱歩推理文庫)


丸尾末広はここ数年、乱歩作品を漫画にしている。昨年刊行された『パノラマ島綺譚』は、今年に入ってたしか手塚治虫賞を受賞したはず。つい先日出た『芋虫』も息をのむほどに素晴らしい。丸尾の絵は、独特のタッチだが、乱歩にはよくマッチしていると思う。丸尾はセリフがなくても、絵だけで魅せることのできる希有な漫画家である。未見の方は、ぜひこちらも一度ご覧あれ。

パノラマ島綺譚 (BEAM COMIX)

パノラマ島綺譚 (BEAM COMIX)

芋虫 (BEAM COMIX)

芋虫 (BEAM COMIX)