「自分」入りの世界


先週は、荻野アンナにからめて「笑い」の破壊力について述べた。


今回もそれと連続する格好となるが、「笑い」に関する本、小林昌平・山本周嗣・水野敬也『ウケる技術』新潮文庫)をとりあげたい。
筆者の一人である水野氏は『夢をかなえるゾウ』(飛鳥新社)で今や飛ぶ鳥を落とす勢いの注目のライターだ。先日も「王様のブランチ」でテレビ取材を受けていた。その時のインタビューによると、本書はそうした彼の人気に火をつけるきっかけとなった最初の本らしい。


私は偶然にも出張中、乗り換え駅の小さな本屋でこの本を見つけ、「あ〜これか」と手に取ったのだった。その場でパラパラと立ち読みしてみると、これがもう面白くて止まらない。すぐに購入して電車を乗り継いだのだが、電車のなかでも思わず「クックックッ」と笑ってしまう面白さなのだ。


その中味はタイトルにある通り、40個の〈ウケる技術〉を7つの戦略に基づいてそれぞれに見合ったケースを設定し、紹介・解説するというものである。文庫化にあたり、「最終戦略」と「メール篇」が新たに書き下ろされたようだ。写真やイメージ図をふんだんに載せ、囲みや太字などレイアウトも実によく工夫されている。
これでウケなきゃ、なんでウケる? という感じの、他に類を見ない贅沢なつくりになっており、とにかくこれでもかこれでもかと徹底的に細部にこだわった著者たちの熱い思いが伝わってくる。


ここまでやられたら、完敗だ。もう降参するしかない。何てったって、「戦略3 神の視点」を説明するのに世阿弥の「離見の見」が引き合いに出されるんだから、著者たちのレベル、推して知るべしだ。
個人的には〈ウケる技術 8〉の「タメ口」(p60)、〈ウケる技術 15〉の「キザ」(p108)、p120に出てくる男女の会話などがツボにはまった。(本屋で立ち読みしてみて!)
またぜひとも身につけたいと思ったのは、「ディテール化」、「同調」、「ミスマッチ」、「悪い空気」、「ボキャブラリー」あたりの技術だ。どんな技術かは、実際に本書を繙いて確認してもらいたいのだが、こうやって説明されると「なぁ〜るほど、一流のお笑い芸人たちは確かにこの技術を備えているなぁ」と感心させられた。あと真鍋かおりのブログの文章も本書の技術と重ねてしばしば想起された。「ウケる技術」というのは、確かに存在するね。


本書を読んで気づいたのだが、私が苦手とするのは「ガイジン化」の戦略である。
「ガイジン化」とは、具体的には次の3つの特徴を言う。

1 声が張っていること。
2 リアクションが大げさで明快であること。
3 表情が過剰に豊かであること。

これは日々授業を行う教員として、ぜひ体得しなくてはならない戦略である。
私の場合、授業でも会議でも学会でもどうしても周りの空気を読みすぎてしまうのだ。「キーツカイ」なのだ。これではウケる人にはなれない。


「ガイジン化」の戦略というのは、ノーマルの状態からモードを切り替えることを言う。
このサービス精神こそが大切なのだ。コミュニケーションとは、畢竟サービスであり、愛なのである。これは本書の最終的な教えにもなっていて、なかなか意味深長だ。(こう書いてきて思うのだが、今の日本、この精神に基づいたコミュニケーションがどんどん少なくなっているよね。)


もうお気づきだと思うが、この「ガイジン化」の戦略は一種の賭けだ。ヘタをしたら、ものすご〜くシラけるかも知れない。浮いちゃうかも知れない。でもそこを敢えてサービス精神旺盛に賭けに出るのだ。
ここにはリスクヘッジの考え方がある。「スベったらどうしよう」とリスクをおかさないのではなく、リスクをおかしたら、臨機応変に別のコースをとる。「こっちがダメならあっちがあるさ」と綱渡りを楽しんでいく勇気だ。じゃないと、いつまで経っても自分の殻を破れないし、高みにも登れない。高い山に登るには、それだけのリスクが伴うのだ。しかしそのリスクをかわす技術が身についていれば、何も恐れることはない。
一か八か、潔さを重んじる日本人はどうもこの考え方が苦手のようで、ならばと保守につく傾向も強い。


しかしこれと同じことを保守側であるはずの右翼(正確には新右翼なのだが)鈴木邦男『失敗の愛国心理論社)で述べていて、感慨深いものがあった。
この本は「よりみちパン!セ」というヤングアダルト向けのシリーズの1冊で、著者の鈴木邦男が「いかにして右翼となりしか」を自らの青春時代を振り返りながら綴ったものだ。
このシリーズも総ルビ・イラストつきという大へん手の凝ったつくりで、実に読みやすく楽しい本である。


著者の鈴木氏は、三島由紀夫とともに自決した烈士・森田必勝を右翼の道に引きずり込んだ張本人。筋金入りのバリバリ右翼なのだが、彼の人生は、中学でいじめにあい、高校受験に失敗、やむなく通った私立高校では退学と復学を経験し、大人になってからも右翼団体からは除名され、ツテで入った新聞社もクビになるという失敗の連続だった。


本書は右翼と左翼の歴史からはじまり、エポックメイキングな事件の顛末やさまざまな組織の位置づけと内情、さらには現代の教育に対する批判まで日本の政治史を非常にわかりやすく解説してくれているのだが、今回はその辺の話はやめておこう。
鈴木氏は本書の後半で、自らの「失敗」によってはじめて気づいたことが実に多く、その意味では「失敗はいいものだ」と述べている。そして若者たちに「失敗して強くなればいい」と力説する。
文科省はこれから中学で武道を必修化してやらせようとしているようだが、それなら「受け身」を、特に「人生の受け身」を教えよ、と鈴木氏は言う。「受け身」さえとれれば、「失敗」は恐れるに足りずだ。ここに先のリスクヘッジの考え方に通じるものがある。


右翼でありながら、鈴木氏のこの柔軟さはいったい何? 部分的には「右翼」ではなく、「左翼」と見紛う発言も目立つ。(これは彼が狂っているのではなく、たぶん今の日本の主軸が歪んでいるからそう見えてしまうのだ。彼の方はむしろ、まっとうで一貫している。)
私は鈴木氏の柔軟さは、「自分」というものを勘定に入れて世界を見ているところから生まれてくるのだと思う。空気を読みすぎて「自分」を押し殺してもダメだし、「自分」だけの世界で突っ走るのもダメだ。「自分」入りの世界を「神の視点」で俯瞰する感覚こそが必要だ。このケースだったら、自分はどう考え、何を発言すべきか。相手がこう言ってきたら、何と応え、どう切り返すべきか。冷静に状況を把握するには、「神の視点」が必要不可欠なのである。


結局、いつでも「自分」が見えている奴は強いし、その場を自在にコントロールして「笑い」へと転換することもできるのだ。要は〈ウケる技術 6〉「自分ツッコミ」を入れられるかどうかだ。「自分」をネタにできるかどうかだ。
鈴木邦男がそんじょそこらの「右翼」でないのは、この技術を身につけているからである。


悩める若人よ! 今こそ「自分」に目覚めよ。そして自らを笑い飛ばせ。それが君の強さになる。

ウケる技術 (新潮文庫)

ウケる技術 (新潮文庫)

失敗の愛国心 (よりみちパン!セ 34)

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