カフェでの過ごし方


子供の頃からずっと、親に「勉強しなさい」と言われたことがない。
言われなくても勉強していたからだ。なぜ言われなくても勉強していたかと言うと、単純に楽しかったからだ。これまで勉強がつらいと感じたこともない。


高校1年生頃までは、実際に勉強もよくできた。大手予備校の模擬試験の結果を見た担任からは「東大でも京大でも好きな大学へ行け」と放し飼いにされた。そりゃそうだ、県内でも成績優秀者のランキングに名前が公表されるぐらいだったんだから。
でも私の神童ぶりもそこまでだった。そこから先は物語の世界に惑溺し、模擬試験や大学受験が二の次になった。どこかで、あんまり真剣に取り組もうという気が起こらなくなってしまったのだ。


「STUDY」の語源をさかのぼると、「STUDIOUS」という言葉になるそうだ。この言葉には「熱中する」とか「多くの人が一心に何かを作り上げる」という意味があるらしい。そう、テレビや音楽業界の「スタジオ」もこの言葉と関係している。(今思い出したが、私は高校生の頃、この語源を調べるのが好きだった。英単語をただ丸暗記するのはどうにもやりきれなくて『語源中心英単語辞典』なんていう辞典を使っていた。この辞典は今でも私の手の届く範囲に置かれている。)
小学〜中学、高1ぐらいまで勉強が楽しくてしょうがなかったのは、自然と「STUDIOUS」の領域に足を踏み入れていたからだろう。いや、そもそも小学理科の実験や図工の時間なんて、私にとっては「STUDIOUS」そのものだったし、授業は常に「遊び」の延長だった。それが多くの場合、いつのまにか単なる「STUDY」になってしまうのだ。これを食い止める、あるいはもう一度「STUDIOUS」に立ち返るのが「勉強」の秘訣だろう。


このことがもっとも伝えたかったポイントだと言うのは、小山龍介『STUDY HACKS!』東洋経済新報社)だ。この本は、原尻淳一・小山龍介『IDEA HACKS!』(東洋経済新報社)、小山龍介『TIME HACKS!』(東洋経済新報社)などの姉妹編にあたる。
「ハック」とは、もともとコンピュータの分野において「高い技術力を駆使してシステムを操る」ということを表す。そう「ハッカー」の「ハック」だ。で、「ライフハック」と言った場合は、亀井肇の「新語探検」によると、「効率よく仕事をなし遂げ、高い生産性をあげ、人生のクオリティを向上させるための取り組み」ということになる。つまりは「生活術」や「仕事術」ということだ。と言っても、難しいテクニックや専門的な知識が必要なわけではなく、「いつでもどこでも気軽にさっと取り組めるちょっとした工夫や習慣」といった程度の意味が「ライフハック」の私の理解である。
本書はそうした勉強のための「ハック」を「ツール」、「環境」、「時間」、「習慣」、「試験」、「語学」、「キャリア」の7つに分類しながら紹介している。図や写真、脚注も充実していてとても読みやすい。(ちなみに私が本書を手にしたきっかけは、冒頭に野田秀樹の『贋作・桜の森の満開の下』のセリフが引用されていたからだ。)

本書を読んで私が実際にやってみようと思ったのは、以下に掲げるあたり。目次から拾ってみることにする。

01 iPodを活用した「ラク耳勉強法」
02 先生の口調から思考を真似る
06 モバイルパソコンで人に教える
09 勉強ノートをGoogle Documentsで共有する
14 100円ノートを多機能ノートに変える
17 お気に入りの喫茶店を勉強部屋にする
23 部屋の照明を落とす
30 あぐらをかく
42 早朝をアウトプット学習に充てる
43 連休を使って集中的にアウトプット学習する
50 ブログやSNSで進捗状況を報告する
54 最先端の研究を学ぶ
60 教科書をさかさまに読む
72 ペーパーバックを多読する
75 DVDで笑いながら英語を習得する

このうち「02」は中学以来、すでに私が実践してきた方法であり、「06」・「54」や「50」は、日々の授業と研究、あるいはこのブログでこなしていることに繋がる。「30」はまさに今やっているし、「42」・「43」は忙しさから自然に自分が辿り着いた方法と重なっている。(いや〜自分もなかなかいい線、行ってるんじゃないの。ねぇ?)


私の神童ぶりが高2あたりで徐々に失われていったのは、勉強の内容(コンテンツ)よりもそれをいかに勉強するかという方法(メソッド)の方に興味・関心が移っていたからだ。私は塾や予備校というところにあまり通ったことがなく、もっぱら参考書派だったが、歴史はどこそこの教科書がいいとか英語の構文を復習するにはコレとか、数学はちょっと難しいけどこの問題集がいいとか、参考書のための参考書を買って、日夜、研究に没頭していた。同じ参考書を何冊も買って、バラバラに分解し、ホッチキスで綴じ直してオリジナルのメタ・テキストに作りかえたりもしていた。(今覚えば、この頃からすでにビブリオマニアの片鱗を見せていたんだねぇ。)


と言うわけで、本書『STUDY HACKS!』は、私にとって、甘酸っぱくも懐かしいテイストの本ということになる。さすがに時代は進歩しているので、勉強のやり方もパソコンやインターネットを駆使したものが多くなっているが……。
なかでも「あ〜なるほど」と腑に落ちたのが、「17」の「ハック」だ。人間は「知らない場所」に行くと、ちょっと緊張して「シータ波」が出るらしい。すると、情報収集したり、勉強したりするのには、かえって好都合のようなのだ。たしかに家で一人、じっと机に向かって踏ん張っていても埒があかないのに、多くの人が出入りする図書館の方が集中できたりする。また銀行や電車の中、旅行先の方が読書が進むということも多々ある。もしかして昔の作家たちが温泉旅館などで執筆に専念していたのもこのことに関係しているかも知れない。


著者の小山氏は、現代においてそうした環境におすすめなのが「喫茶店」だと言う。実際に本書もそうした場所で執筆されたらしい。これはぜひともやってみる価値がありそうだ。(ただし田舎暮らしの私には、手頃な喫茶店を見つけることの方がキビシイ。)
この感覚さえ掴めば、要は「勉強」なんてどこでもできるということになる。いや、むしろ外に出掛けた方ができるのだ。こうなったら、もう百人力だ。目に映るものすべてが情報のタネとなり、トリガーとなって「勉強」に資することになる。まさに「アルスコンビナトリア」である。


それで私の頭の中でピーンと「コンビナトリア」したのが、最近ネットで見つけた「アトリエ箱庭」という大坂にある喫茶店。ブックカフェと言ったらいいのか、古本屋と喫茶店とギャラリーが一緒になったようなお店らしい。そうだ、この3つは相性がいいんだった。それであっちこっち探してみると、このブックカフェというのが、結構いろんなところに見つかる。東京には「ROBA ROBA cafe」(http://www15.ocn.ne.jp/~robaroba/index.html)があるし、京都には「apied」(http://apied.srv7.biz/)がある。仙台には名前もよく似た「火星の庭」(http://www.kaseinoniwa.com/index.html)というお店がある。私はどこもネットでしか訪れていないのだが、いや〜行ってみたい!


で、話を「アトリエ箱庭」に戻すと、ここがなんとオリジナルの雑誌を発行しているのだ。その名も『dioramarquis』。フランス語で「diorama」(ジオラマ)+「marquis」(侯爵)。
私はこの本を京都の恵文社から取り寄せて読んでみた。(この恵文社も一度は行ってみたいお店。http://www.keibunsha-books.com/)『dioramarquis』02(2007年4月号)は、薄い冊子ながらプラトン社の特集になっていて、とても「勉強」になった。バスや電車の移動中に貪るように読んだ。


プラトン社は、化粧品事業を行っていた中山太陽堂が1920年代に興した大坂の幻の出版社。雑誌『女性』と『苦楽』の二枚看板を掲げ、一世を風靡した。『女性』には、ナオミのあまりの奔放さに途中から新聞での連載を打ち切られた谷崎潤一郎の「痴人の愛」が発表されている。編集部員には、直木三十五川口松太郎が机を並べ、イラストレーターには山六郎、山名文夫を起用して、広告やデザイン・コンセプト、戦略において時代を先駆していた。
『dioramarquis』02には、その雑誌群のグラフティやプラトン社が手がけた単行本の写真などが載っていて、どのページを開いても実に美しい。本や雑誌に加え、音楽や美術展覧会の情報、ブックカフェの紹介などもある。


そうか、その手があったか!
本に囲まれた喫茶店で人々が繋がり、勉強をし、音楽会を開き、雑誌をつくって情報発信をしていく。いや〜いいなぁ、うらやましいなぁ。自分が定年してまだ元気があったら、そんな暮らしもいいなぁ。


今年の秋には、私が学生時代を過ごした仙台を訪れる予定なので、ぜひ「火星の庭」に足を運んでみよう。用事を忘れて「STUDIOUS」してしまうかもな。

STUDY HACKS!

STUDY HACKS!