シーザーサラダのような恋!


子どもの頃、「自分のおもったことを素直に書きなさい」と指導を受けた。小学校の作文の授業だ。
でも自分の感情をストレートに表現することほど難しいことはない。(だって、それは相当に勇気のいることでしょ?)


いったい書くとはいかなる行為なのか。どうしたらうまく(?)自分を表現できるのだろうか。
ここ最近、そんなことを考える日々が続いている。
そんな折、手にしたのが荒谷慈『読む人をうならせる文章を書く技術』(日文新書)だ。著者は「めぐみ」と読む。女性である。月刊『結婚潮流』の創刊編集長を経て、現在は地元茨城県で「作文力教室」を主催、小論文等の講師も務めているようだ。


本書はその「作文力教室」をはじめるきっかけとなった経緯からはじまり、小・中学生などを相手に実際行っている作文指導を披露している。全体的にとても読みやすく、作文が苦手な人でも「これならなんとかやってみようかな」と思わせる書きっぷりになっている。
著者の荒谷氏は「何をどう書くかの前に、だれに何をさせたいか」を決めなさい、と言う。その際、友だちや家族など身近な人をイメージするとよい。たとえば「友人が、これを読んで笑いながらすぐに連絡してくるように……」とか、「彼が、それじゃ今度の誕生日に買ってあげようかと思うように……」などなど。
ちなみに著者自身は、本書を作文嫌いな人が、早速書き始めたくなる……をイメージして書いていると言うから、その目的はおおかた達成されているのではないかと思う。


著者は、文章を書くのが楽しくなる4つの秘訣があると言う。


1.う〜んと若づくりして別人になること
読む人は、作者の実年齢なんて気にしていない。だから思い切って若づくりして書いていい。また肩書きや社会的地位のしばりを捨てて素で書けるのも快感になると言う。
こう考えると、「素直に書く」というのは必ずしも「正直に書く」ということと一致しないことがわかってくる。


2.よい子の仮面は捨てること
文章はいいことを書く必要はない。これは私も普段、口を酸っぱくして学生たちに教えているのだが、なかなか直らない。
読書感想文などを書かせると、必ず「この本を読んでとても感動しました。私もこの主人公のように困難にめげず、前向きに頑張って生きていこうと思います」というまとめ方になってしまう。
あのねぇ、君は主人公のようには生きられないから。フィクションと現実は違うから。と言うより、現実はそんなに都合よくないから。
むしろ困難にめげた方が人生の勉強になる。人生なんて、何度でもやり直せばいいんですよ。(あ、もちろん著者はここまでは書いていません。暴走しているのは、私です。念のため。)


3.母親も先生も忘れること
小学生諸君、親とか教師とかはろくなことを言わないと思った方がよい。大人たちが自分たちの作文にイチャモンをつけてきたら、すべからく抵抗せよ。
私が研究対象としている坂口安吾は「親がなくても子は育つ」ではなく、「親があっても子は育つ」と言っている。蓋し名言だ。親があっても子は健全に育つんだから、親がなければ子は育つに決まっているのだ。


4.正解文を気にするより、最後まで書くこと
だいたい文章に正解も不正解もない。これも学校の弊害だろうね。作家の文章はたいてい悪文だ。でも感動できるでしょ? たまには自分の好きな作家や評論家の文章をノートに書き写してみるとよい。勉強は模倣からはじまるのだから。


それぞれ下の解説は私の勝手な補足だが、著者は以上の4つの秘訣を身につけ、「まずは3行を書くことを始めなさい」と言う。
3行というのは、3つのポイントということだ。まずは3つのポイントで、短い文章を3段落で書いてみる。このとき求められているテーマをよく吟味して、何が効果的なポイントなのかを考える。
著者に言わせると、「テーマ」とは「テーマパーク」のことで、「テーマパーク」にはいろんな乗り物や施設があるから、まずはそのなかのどの乗り物やどの施設をとりあげるかを決め、そしてどんなふうに扱うかを考える。
「テーマ」に対してあまりにストレートに答えるとつまらないので、少しポイントをずらすとよいだろう。誰もがとりあげる「観覧車」と「ジェットコースター」と「メリーゴーランド」では面白くない。ジェットコースターで感じるスリルよりも「テーマパーク」ではじめて彼女の手を握った時の方が緊張したと書けば、読んでいる方もドキドキするはずだ。


それでも3つのポイントが見つけにくい人は、表にまとめてみるとよい。
たとえば自分の失敗について書くときは、小学校、中学校、高校とに分けて、それぞれに思い出される経験を一つずつ表に書き込んでいく。そしてその時の気持ちとか思わず口に出た言葉など、自ら項目を増やしてさらに表を充実させてみる。そうすると、自然に3行書きのポイントが見えてくるはずだ。


著者は3行書ければ、長文にするのも難しくないと言う。3行というのは、実はアウトラインのことなのだ。
日本の作文教育では、頭からお尻までを順番に書くことを教える傾向が強く、アウトラインをつくり、部分的に書き足したり、順序を入れ替えたりという書き方をほとんど教えない。
パソコン時代、このアウトラインによる作文指導は、もはや海外では当たり前になっていると聞く。ワードや一太郎など、日本語のワープロソフトもそうした機能がちゃんと備わっている。(が、使いこなしている人は意外に少ないのではないか。)この方法を身につければ、文章を書くときの精神的なハードルはうんと低くなる。ぜひ試してみてほしい。


3行のアウトラインを長くするには、「部分的に詳しく説明する」、「短い文をつなぎあわせる」、「接続詞を使いこなす」などの方法がある。具体的なことは、本書を繙いてほしい。簡単だけど、有効な方法が示されていると思う。
本書の最終章には、実践問題もついていて、授業なんかでも使えそうだと思った。(けど、学校の先生がこれを利用すると、またよくない方向に指導が進んでしまうんだろうね。)


さて本書と併読したのが、Jamais Jamais『0型 自分の説明書』文芸社)だ。
私はあまり知らなかったのだが、世間では『B型』が話題になり、ずいぶんと売れているシリーズらしい。最近、かたい選書が並んだので、たまにはこんな本もいいかと思う。(私は0型なんです。ちなみに家族も全員、O型。)


本書はパソコンなどの取り扱い説明書の体裁で、O型人間の「基本操作」、「外部接続」、「色々な設定」……などの項目が並ぶ。それぞれはチェックリストのようになっていて、たとえば「基本操作」には、以下のようなリストが見られる。

□初めての場所に行くとき、「地図を見ない」という無謀なチャレンジをする。
□で、案の定迷った。
□迷っても、「人に聞かない」という無謀なチャレンジをする。聞けば一発なのに。
□それでもなんとかたどり着く。
□「ああ、冒険みたいでおもしろかった♪」って自己満足。

実にうまい! 面白い!
(あ、ちなみに上の5項目はワタシ、全部レのチェックが入りました。)


1つ1つの文章もよく練られている。連続してみていくと、ちゃんとオチがついているし、またところどころ文字を大きくしたり、一見シンプルだが、見た目にも相当な工夫が凝らされている。挿絵もよい。
「色々な設定」の項目では、こんな具合だ。

ハマったらとことん。
で、突然飽きる。もーいい。
□何かしら熱中できるものがないとツマラナイ。
□だから飽きたらすぐに次の楽しみを探す。
□結果、「いつも楽しそうな人」になる。
実はかわいいもの好き。
□キーホルダーとかがこっそりカワイイ。

(上のリストも全部、チェックが入りました。)
ただし全てのリストがO型の自分にあてはまるわけではない。いや、むしろあてはまらないリストの方が多い。でも「ダメじゃん、この本」とは思わない。それはきっと楽しいからだ。
血液型の性格判断なんて所詮そんなもんだし、世に行われている占いも同類だ。当たるも八卦当たらぬも八卦である。
だから「この本、当たってないじゃん!」って、文句を言ってもはじまらない。


たぶん、そうではないのだ。この本から学ぶべきなのは、書かれている内容ではなく、書き方のほうだろう。
荒谷氏は「まず3行を書け」と言った。Jamais Jamais氏は「説明書」という枠組みを利用して、たくさんのリストを立てた。ところどころ強調する文を入れ、飛躍するリストも挿入した。でもそれらをつなげれば、立派な文章になる。飛躍するリストの前には「ところで」なんていう接続詞を入れればよい。
これは見事なアウトライン文章法になっている。こんなリストを立てることができれば、本一冊を書くことだって容易なのである。


何かテーマや課題が与えられたら、まずはたくさんのリストを並べてみよう。個条書きでいい。あとはそれらをつなぐだけだ。慣れてきたら、順番も入れ替えて、工夫してみよう。
どうしてもリストが浮かばないという人は、本書のように、何か別の本や雑誌の目次などを参考にしてみるとよい。
テーマとは全く関係のないものでもきっと役立つはずだ。ファミレスのメニューをもとに自分の生い立ちを振り返るとか、ね。中学の時、「シーザーサラダ」のような恋をしたなぁとか、高校の時は「ジューシーハンバーグ」のように部活に励んでいたなぁとか……。
こんなふうにイメージ想起してみると、自分の頭の中だけでは思いもつかなかった面白いリストができるに違いない。


世の中、役に立たないものなんてないんだね。
大切なのは、そのチャンスを見つける柔軟さを養うことだ。チャンスは待ってばかりではつかめない。発想を切り替えないとね。


しかしそれにしても「自分のおもったことを素直に書きなさい」という作文指導は、明らかに転倒を孕んでいる。
これじゃ、書こうにも書けないはずだね。反省。


O型自分の説明書

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