TOKYO礼賛

katakoi20082008-11-12



妻との最初のデートは東京タワーだった。
今週、授業で東京タワーを取りあげたので、そのことを思い出した。電話で「どこに行きたい?」と聞いたら、彼女は「東京タワー」と答えてくれた。ずいぶんなつかしい。


でもなんで東京タワーだったのかな? 実は東京タワーって、ちょっとオカルトチックな場所でもあるんだよね。
今回はそんなことに触れながら、東京をめぐってみたい。(と言っても、私は東京に暮らしているわけでもないし、詳しいわけでもないんだが。)


最初に掲げた写真は、本邦初公開katakoiの自宅の書斎、本棚の一角。迷路のようになっているこの書棚を通り抜けた奥に机があって、たしかこの時は書きかけの原稿が無造作にひろがっていた。(だが、それは見せないことにする。本が増殖してもうさすがに限界に達してきているんでね、机の上もぐちゃぐちゃなんです。)


こんな恥ずかしい写真を公開したのは、なにもMに目覚めたわけではなく(たぶん)、都築響一『TOKYO STYLE』ちくま文庫)を紹介したかったからだ。
都築は「POPEYE」「BRUTUS」両誌の編集を経て、執筆活動を続けるライターだが、ある日ふと思いついたアイディアが頭を離れず、カメラ屋に走り、若い友達たちの部屋を撮影し始めた。そうして生まれたのが、本書『TOKYO STYLE』である。
建築雑誌にもインテリア雑誌にも登場しない、ぼろくて散らかった部屋ばかり約百軒の写真群。「美は乱調にあり」「かわいさというたからもの」など、全体は8章に分かれ、各部屋の最初の写真には住人に関するテキスト情報が掲載されている。
住人はいっさい写っていないのだが、なんとなく部屋の雰囲気と住人がマッチしているように感じられるから不思議だ。


世の中には、たとえば化粧品のフタが転がってなくなっても、いっこうに頓着しない〈片付けられない女〉というのがいるそうだが、本書に登場してくる住人たちもかなりひどい。本や雑誌は散乱、机の上はタバコや文房具、食器やゴミくずなどであふれかえり、畳には万年床が敷かれている。先の写真を見てもらえればわかるように、私もたいして整理整頓が得意なわけではないが、それにしてもこれは……いったいどこで寝るの? という部屋が本書にはたくさん登場する。(もちろん、きれいに片付いている部屋もあるが。)


でもなぜか『TOKYO STYLE』を眺めていると楽しいのだ。
ただ散らかっている部屋が写っているだけなんだが、そこに住む人の生活ぶり、性格、価値観までもが感じられて、妙に安心できるのだ。あぁギターが趣味なんだなとか、スヌーピー好きの女の子なのねとか。
人間の脳には互いに理解し合いたいという欲望があると聞いたことがあるが、まったく知らない、会ったこともない人にこうして抱く親近感は、そんな作用が働いてるのかもしれない。


そして著者の都築氏もカメラを向けるその眼差しはあくまでやさしい。「住めば都」「坐して半畳、寝て一畳」、家具は拾いモノですべて間にあう。
著者は、日本には古来「隠遁生活」という美しい思想があったと言う。深山の方丈に東洋的な心情が宿り、ちぢこまることに安らぎを覚える感覚があるかぎり、この国にから「日本的なるもの」が消えることはない。
外国人になんと言われようと、いっこうに理解されなくとも、そこには日本人の暮らしがある。東京があるのだ。(でもそれも最近は怪しくなってきたかな? 月200万のマンションを借り、高級車を乗り回して詐欺をはたらくミュージシャンがあらわれるようじゃねぇ。彼には「隠遁生活」の美しさということはわからないだろうな。)


大きな家に暮らそうが、ぼろアパートに居つこうが、その人の価値とはいっさい関係がない。大切なのはその人がどんなライフスタイルをよしとして、選びとるかだ。今はその選択肢があまりにも少なくなりすぎているんではないか。
もっと自由にあちこち放浪してノマド的に生きる方途を、私たちはこれからの未来に向けて模索してもいいのではないか。
しかし一方でお隣さんやご近所とまったく交流がないのも寂しい。ノマドでありながら、連帯する。出たり入ったりが自由な地域社会。私は将来、そんな生活を構築してみたいと思っている。


さてきっかけは東京タワーだった。
冒頭に紹介したように、東京タワーは私と妻の最初のデートスポットだったのだが、しかしここは怪談めいた伝説がつきまとうオカルトスポットでもある。
だいたい東京タワーのなかには蝋人形館があって、おどろおどろしい人形たちが来場者を待ち構えているのだ。なんで東京タワーに蝋人形? また東京タワーに行くには、どのルートを通るにしても、増上寺をはじめ墓地の脇道をすり抜けていかなければならない。さらには東京タワーの材料は朝鮮戦争で使用不能となった米軍戦車をつぶした鉄くずからつくられているのだ。


そう東京タワーは、さまざまな要素が「死」につながる〈タナトスの塔〉だったのである。
そのことを教えてくれたのが、中沢新一『アースダイバー』講談社)である。中沢新一がこのブログに登場するのは2回目だが、なりゆき上ご勘弁願いたい。ま、それだけ私があこがれる学者の一人ということだ。だから彼の本はできる限り読んでおいたほうがいい。(ところで私が最初に紹介した彼の本はなんだったか。即答できるかな?)


『TOKYO STYLE』がのぞき穴からこっそり覗ったミクロな東京案内だとすれば、『アースダイバー』の方は新宿から渋谷、赤坂、青山、銀座、上野……など主要な地域を網羅したマクロな東京案内になっている。(いや地域だけでなく、中沢は時空をも軽々と飛び越えていると言ったほうがいいかもしれない。)
「アースダイバー」とはアメリカ先住民の神話である。「アース」(地球)の「ダイバー」(潜水夫)だ。
はじめ世界には陸地がなかった。地上は一面の水に覆われていた。そこで勇敢な動物たちがつぎつぎと、水中に潜って陸地をつくる材料を探してきた。苦しい思いをして見事、一握りの泥を持ち帰ったのは、カイツブリだった……。


中沢はそんな話からはじめ、170万年前〜1万年前の洪積層の地図に現在の東京の地図を重ねる。洪積層では陸地はまだ少なく、ほとんどが海に没している。東京の街もほとんどが海の中だ。しかしぽかりと島のように浮かぶわずかな陸地がないわけではない。それに今の地図を重ねると、不思議なことに気がつく。
陸と海の境界、島に喩えるなら「岬」と呼ばれるところにかぎって、神社やお寺が建てられているということだ。これは今の地図を見ているだけではわからない。神社やお寺の位置はめったに変わらないだろうから、つまり神社仏閣はその昔、「岬」の突端に建造されていたということだ。
中沢は「岬」(ミサキ)の「サッ」という日本語の音は、こちらとあちらをつなぐ「境」(サカイ)に通じると言う。人間は昔から、なにかにつけて「さきっぽ」の部分に深い関心を持ってきた。「境」(サカイ)とか「坂」(サカ)は、そうした世界の「さきっぽ」=エッジなのだ。


もうおわかりだろう。
東京タワーが建てられている場所も、かつての「岬」の突端に位置していたというわけだ。現代人はそのことを知らなくとも、無意識のうちにそういう場所を選びとって巨大な電波塔を建立したのである。だからこそ、東京タワーは〈タナトスの塔〉としての機能を果たし、私たちはそれを感覚として受けとめ、都市伝説として語り継いでいたのである。
授業では単なる電波塔としてではなく、こんな見方もできるんだよ、ということを実感してもらいたかった。情報は差異にこそ価値があって、他人と同じ情報をいくらネットからコピペしても意味はないのだ。学生には、いつもそのことを肝に銘じておいてもらいたい。


『アースダイバー』は、文章といい、写真・図版といい、アクロバティックな視点といい、参考文献といい、ほぼ完璧に近い書物だ。まだ入手していない人は、売り切れないうちに今すぐ書店へ走れ。買って損はない。巻末にはカラーの「Earth Diving Map」もついている。これだけでも一見の価値がある。
私は106ページの2枚の写真がお気に入りで、それだけでほとんどいってしまうほどだ。こんなふうに2枚の写真を並べられる思想家がほかにいるだろうか。ぜひどこかで本書を手にしてみてほしい。いいですか、106ページですよ。


あんまり本書の内容には踏み込めなかったが、まぁなんだかんだ言ってもTOKYOは依然として面白いということだ。外国に目を向けるのもいいけれど、たまには外側から内側を覗いてみたらという提案だ。かわるがわる、出たり入ったりが大切ということだ。(世界中に自分の歌を流行らせたかったTKのようにならないようにね。)
以上、こんな見方もあるという東京案内でした。


それにしてもなぜうちの奥さんは、最初のデートに東京タワーを選んだのか?
そのことについては、一応私なりの考えがあるのだが、今回は伏せておこう。またいつか機会があれば、そのときに。


11月は某出版社から依頼された原稿の執筆に手こずり、ブログの更新が遅れてしまった。ああ情けない。
原稿の方は来年には本になって書店に並ぶと思うので、気がついたら立ち読みしてみてね。長野まゆみの「兄弟天気図」論です。と言っても、katakoiは正体不明(?)なので、わからないか。


TOKYO STYLE (ちくま文庫)

TOKYO STYLE (ちくま文庫)

アースダイバー

アースダイバー