書展のハシゴ

katakoi20082008-09-13


夏休みあけ、学校がはじまって1週間。さすがに今週はきつかったな。
まだ心身のリズムが学校のペースに追いついていないのだろう。おまけに9日(火)〜10日(水)にかけては、泊まりがけで東京に出かけていたしな。(ここのところ我が家はほとんど母子家庭になりかけている……。)


10日は夕方まで時間が空いていたので、午前中は江戸東京博物館で行われている「書の名宝展」を覗いてみた。ちょうどお昼時に行ったせいか、ものすごい混雑でびっくりした。
書に関しては、私は断然〈隷書〉派なのだが、今回の展覧会では妙に〈楷書〉の魅力にとり憑かれてしまった。


お目当ての王義之の「蘭亭序」は、結局人混みのなか、肩越しにチラッとしか見られなかった。
王義之は気分、内容によって、字形を変えているのだと言う。そのことで彼は文字という記号に書き手の個性を込め、書というものを芸術の域にまで高めた。それが“書聖”と言われる由縁だろう。
「蘭亭序」もそれほど達筆であるわけではない。字を間違って訂正しているところもある。しかしそのことでかえって書いている今が立ち上がって、実に躍動感がある。生き生きとしている。(日本初公開だからな、ま、見に行ってよかったな。)


それにしても現在の日本で書というものがこれほどまでに人気があるとは思わなかった。平日ということもあるだろうが、会場は圧倒的に女性が多かった。(話は横道にそれるが、混雑時の日本人のマナーは最低だと思う。誰もが我先にと人を押しのける。特にオバチャンたちの傍若無人ぶりにはあきれかえる。なんというか、アフォーダンスが皆無なんだよな。あんなふうには年をとりたくないね。)


午後は千鳥ヶ淵のギャラリー冊へ赴き、松岡正剛の擬画遊書展「両頁主義(ダブルページ)」を拝見した。期せずして書展のハシゴになった。
正剛の書はこれまでにも何回か接する機会があったが、今回は彼の画、ドローイングに魅了された。私もあんなふうな線描を描いてみたい。もちろんもちろん、書もよかった。(書では特に「姫と彦」というダブルページがよかったな。ものすごく欲しかったけど、30万以上したからなぁ。誰か買ってくれないかなぁ。)


夜は丸の内のオフィスビルで、その松岡正剛の講演会に参加した。今回のテーマは「「おもかげ」と「うつろい」の国」。
「おもかげ」を見失い、忘れてしまっている現代日本内村鑑三九鬼周造が提唱し、実践して見せた〈方法〉に思いを馳せ、新たな道行きを模索すべしということであった。まったくもって同感だった。


中国から漢字を受け入れ、独自にアレンジしていった日本。
そろそろ私たちは新たな書体を考え出すべきなのかも知れない。今の日本、この〈体〉がないんだよな。