大人のためのMANGA
「漫画」を「MANGA」と表記すること、「MANGA」に「大人のための」と注釈すること――これらをあらためて説明する必要性はないだろう。
日本の「漫画」は今や世界の「MANGA」となり、その「MANGA」を大人たちが熱心に読み耽っている姿はさして珍しいものではなくなった。
もう先々週の話になってしまうが、9日の土曜日は久しぶりに家族で東京行きのバスに乗って「MANGA」に関わる2つのイベントに足を運んだ。(ただ残念ながら、5才になる息子は風邪気味だったせいか、途中でお腹が痛くなり、午前中のみで家に帰ってしまったのだが……。まだ東京の人混みに慣れないのかなぁ。)
最初に足を運んだのは、東京・大丸ミュージアムで行われていた「ムーミン展」。
ムーミンと言えば、日本ではアニメでお馴染みだが、今回はアニメではなく、原作者トーベ・ヤンソンのオリジナル原画・スケッチなど約170点が展示され、フィンランド・タンペレ市にあるムーミン谷博物館所蔵の立体模型も初公開された。(ただし、これまで門外不出だったらしいこの立体模型は、たいして感動を誘うものではなかった。やはりヤンソンの原画の方が数倍、数十倍も素晴らしかった!)
作者のトーベ・マリカ・ヤンソンは、1914年、彫刻家の父ヴィクトルと挿絵画家の母シグネの第1子として、ヘルシンキで生まれた。家庭の共通語は、両親の出自からスウェーデン語であったと言う。この言語的少数派(全人口の約6パーセント)ということが彼女の紡ぎ出すパラレルワールド――ムーミンの物語世界に深く影響を与えていることは間違いない。
1945年に刊行されたムーミンシリーズの第1作「小さなトロールと大きな洪水」は、ムーミンママとムーミントロールが、行方不明のパパを探す物語である。艱難辛苦をのりこえて、最終的にはママとトロールはパパとの再会を果たすのだが、しかしヤンソンの描く世界は、ハッピーエンドという感じからは遠く、いつもどこか寂しい。
わたしはこのシリーズのなかでは、ムーミンパパ、スナフキン、ニョロニョロなどのキャラクターが大好きなのだが、これらに共通するのは、さすらいというか、彷徨というか、そんな性格であろう。
ムーミンパパはいつもどこかで冒険を求めている(時に息子のムーミンよりも少年らしい行動に出る!)し、スナフキンは「自由と孤独を愛する旅人」で、冬になるとムーミン谷を旅立ち、春になると帰ってくる。彼はムーミンとは親友だが、あえてひとりになって孤独の時間を作ることもある。またニョロニョロは雷の電気がエネルギーの不思議な生き物で、ひとこともしゃべらずに世界中を放浪している。
こうした静謐でもの悲しいムーミン谷の雰囲気は、シリーズの挿絵にもよくあらわれている。ヤンソンは、物語だけでなく、自身で挿絵も描く希有な作家であった。彼女は桟橋にひとり佇むムーミンとか、雨に打たれるミイとか、枯れ葉舞う風の中を歩くスナフキンとか、とりわけキャラクターたちの後ろ姿を小さく、小さく描いている。そのどれもがウェットなのだ。
ヤンソンは、挿絵は物語を制限するものではなく、物語の世界をより豊かにし、読者の想像力を羽ばたかせるものだと考えていた。そして「よい芸術家になるには百年かかる」というのが、彼女の口癖だったらしい。(ここらへん、前回ブログで書いたまど・みちおに通じるものがあるね。)残念ながら、ヤンソンは86才で亡くなってしまうのだが……。
1970年、9冊目のムーミンを発表して以来、彼女は「子ども向け」の作品を発表していない。世間では「10冊目のムーミン」を待ち望む声もあったが、ヤンソンはもうムーミンを書かないときっぱり断言していたらしい。
最後のムーミン物語を発表した1970年は、ムーミンママのモデルであった母シグネが他界した年でもある。冨原真弓は「愛する母の死とともに、トーベ・ヤンソンは「しあわせな子ども時代」とその象徴であるムーミン谷に別れを告げたのではないか」と書いている。(いつもやさしくトロールを受け入れるムーミンママの大きな包容力には、切ないまでの愛が滲んでいて、わたしなんかは本当にいつもウッとなって、涙を誘われる。)
もっとも1954年から描かれたムーミンの連載漫画は、ロンドンの夕刊紙『イブニング・ニューズ』をそもそもの発表媒体としており、このことからもムーミンは単なる子ども向けのファンタジーではなく、当初から大人向けを意識した物語でもあったことが窺われる。
正直に言うと、わたしはムーミンのアニメを見たことはあるが、原作の物語をきちんと読んだことがないので、いつか機会があったら、じっくりと読み、その世界に浸ってみたい。そしてヤンソンの寂しさ・悲しみの秘密をもっともっと探ってみたい。
きっと日本の童話の世界にも通じるものがあるのではないかと思う。
午後からは場所をお茶の水に移して、明治大学・国際日本学部開催のシンポジウム「メビウス×浦沢直樹+夏目房之介 描線がつなぐヨーロッパと日本」を聴講した。
入場無料ということもあって、1,000人以上入れるという明治大学駿河台校舎のアカデミーホールも超満員の混雑ぶりだった。(1時間も前に行ったのに、わたしの整理券は806番であやうく入れなくなるところだった。ホント「MANGA」の人気ぶりはスゴイね。)
ところでフランスの漫画家・メビウス(本名:ジャン・ジロー)を知っている若者はどれくらいいるのだろうか。意外に少ないのではないか。(ちなみにわたしが教えている学校でメビウスを知っていた学生は皆無だった。)
日本の「漫画」は今や「MANGA」となり、世界に発信されているが、逆に海外の漫画事情は日本にあまり入ってきていない。これは今回のゲストでもある夏目房之介がよく言っていることだが、「漫画」は決して日本の専売特許ではなく、海外からの影響を相当に受けているメディアなのである。このことをよくよく弁えておかないと、すぐに足もとをすくわれる。(漢字の読めない漫画オタクのあの人は、もう完全に足もとをすくわれているようだが。)
そこでメビウスとは何者なのか、という話になるのだが、その前にフランスの漫画事情について、簡単に説明しておきたい。
近年、ユーロでも「MANGA」という言葉はすっかり定着しているらしいが、もともとフランスとベルギーを中心としたフランス語圏の漫画は「バンド・デシネ」(略してベーデーBD)と呼ばれていた。「バンド・デシネ」とは「絵が描かれた帯」というほどの意味で、英語の「Comic Strip」に由来する言葉である。その「バンド・デシネ」は、日本の「漫画」とは違って一般にアルバムと呼ばれるA4判より少し大きいハードカバーの単行本で描きおろされる。
「バンド・デシネ」の歴史は、19世紀の前半から半ばにかけて活躍したスイスの教育者ロドルフ・トップフェールの版画文学にはじまるとされ、1920年代にはクリストフ、ジャン=ピエール・パンション、ルイ・フォルトン、アラン=サン・トガンなどの今とほとんど変わらない重要な作品が次々と生み出された。そして1960年代には、フランスのベーデー界は、カウンター・カルチャーと連動し、ますます活気を帯び始める。80年代には、出版不況と相俟ってベーデー産業自体がやや下火になってしまうが、90年代になると、小出版社によるオルタナティヴ系の「バンド・デシネ」が再び復活してくる。
「バンド・デシネ」の魅力は、なんと言っても、日本の「漫画」にはないフルカラーの色彩の豊かさ(その贅沢な作り!)とまるでアート作品であるかのような線描の美しさにある。
70年代から活躍しはじめるメビウスは、子ども向けの漫画雑誌と大人向けの画集(アートデッサン)をつなげるという意識のもと自らの作品を描いていった。そこにちょうど自分の欲求と市場の要求が重なった。
今回のゲストのひとり漫画家の浦沢直樹は、メビウスの描く線には一切の無駄がないと言う。(浦沢はメビウスの大ファンと言うより、彼のような画を描きたいという一心で漫画家になったらしい。)また夏目房之介は、メビウスは記号的な漫画の描き方をアートにつなげた先駆者と見る。
日本の漫画界には、浦沢直樹だけでなく、実際のところメビウスファンが相当にいるようで、ほかにもたとえば宮崎駿、鳥山明、大友克洋などが描く画には、メビウスの影響が色濃く見てとれる。メビウスの描く画には、巨大な岩が空中にぽっかりと浮かんでいるような重力を感じさせない、浮遊感のようなものが漂っているのだが、これはそのまま「ナウシカ」の風の世界であり、「Dr.スランプ」のクラッシックなメカ、「AKIRA」の近未来都市の光景につながっている。いやいや逆だ。日本の漫画家たちが、メビウスの世界をそっくりそのまま模倣したのだ。日本漫画界のパイオニア、あの手塚治虫も雲の描き方を「メビウス雲」などと言って、アシスタントに指示していたという。
メビウスという漫画家は、それほどに世界が注目するアーティストなのである。夏目房之介は、彼の漫画に「絵の思想」と呼びたくなるような、線をこえていく「自由」を感じると言う。
会場には、ほかにも永井豪や谷口ジロー、荒木飛呂彦といった錚々たるメンバーが駆けつけていた。
今月の末には、ラフスケッチも下描きもせず一発描きで、しかも修正ひとつ入れずに仕上げたというメビウスの奇跡の絵物語が飛鳥新社から発売されるそうだ。メビウスの画をまだ見たことがないという人は、ぜひ書店で手にし、その「神業」に酔いしれてほしい。(あ、ビニールがかかっちゃうか。ま、表紙だけでも見る価値ありだ。)
会場では浦沢直樹とメビウスが実際に画を描くパフォーマンスも見せてくれ、漫画家が線を描く瞬間を目撃することができた。
2人ともとてもうまい技量のある作家だから、ものの2〜3分で見事な画が仕上がっていく。その息づかいを目の当たりにし、この日はとても幸せなひとときを実感した。
これを機に少し「MANGA」を本格的に勉強してみようと思う。
¶ムーミンについては、冨原真弓が精力的に研究している。筑摩書房からは『ムーミン谷のひみつ』が文庫本で出ている。漫画学については、夏目房之介のほかに四方田犬彦、清水勲などの本が入門書になりそうだ。
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